2016年2月13日 (土)

キネマの神様

原田マハさんの『キネマの神様』を読みました。

しばしば本屋に通っている中で、いつも気になって手に取るのだけれど、結局違う本を買って帰る・・・なんてことがあるでしょう?
そうした本は、僕の場合たいてい縁が無くて読まずに通り過ぎるのですが、この『キネマの神様』は違いました。考えてみれば2011年に文庫化されたわけですから、今までに何度も出合い、手に取っているのです。

この作家の本を初めて読んだのは、たしか2012年です。
『楽園のカンヴァス』・・・新聞の書評で絶賛していたので興味を引かれたのと、テーマが美術ミステリー、しかも僕の大好きなアンリ・ルソーの絵をめぐる物語ですから読まない訳にはいきません。そして、期待以上の出来に大いに満足したわけです。

二冊目は『本日は、お日柄もよく』というタイトルの本。
これは、当時、結婚式のスピーチを頼まれていたので、何か良いネタはないか?との下心でした。ネタにはならなかったけれど、この作家の力量が伺えた興味深い本でした。

三冊目は『ジヴェルニーの食卓』。直木賞の候補にもなりましたね。
マティスやモネ・ドガ・セザンヌなどの印象派の画家たちの人生の断片を描いた、文句無く面白い小説でした。

そして・・・冒頭の『キネマの神様』ですが・・・これを読んだら、誰もが必ず映画館に行きたくなるでしょうね。
この物語は、こよなく映画を愛する人々が、閉鎖に追い込まれた一軒の名画座を舞台に織りなす人間模様を描いたものです。
僕の住む町にも”シネマコンプレックス”ができ、映画好きにはとても便利になりましたが、昔ながらの”名画座”は姿を消してしまいました。

思い起こせば・・・子どものころを過した山あいの小さな町には、映画館が一軒ありました。そこが、殆ど唯一の文化の発信地といっても過言ではないほど、何も無い町でした。
一軒しかないのですから、住人に選択肢は無く、毎回館主の好みで選ばれた三本立ての映画を見るしかありません。でも、変わる度に足を運び、大人に混じってスクリーンに見入りました。映写室にも何度も入れてもらいました。
今から思うと貴重な体験で、まるで『ニューシネマパラダイス』の世界でしたね。そのせいで、きっとませた子供だったのでしょうが、学校よりも沢山のものを映画館で学んだような気がします。

大人の匂いのしたあの暗い空間に、キネマの神様は確実にいましたねぇ・・・と、ここでハタと気づきました。僕のセンス・オブ・ワンダーはスクリーンの中にいっぱいあったのだということを!

さて本日の主役は・・・虹色のスクリーンの前に立つ「椿」さんです!

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2016年2月12日 (金)

センス・オブ・ワンダー

・・・「知る」ことは「感じる」ことの半分も重要ではないと固く信じています・・・

この言葉は、60年代に人々の目を環境問題に向けさせた『沈黙の春』の著者レイチェル・カーソンが、最後の著書『センス・オブ・ワンダー』の中で述べている言葉です。

センス・オブ・ワンダーとは、〈神秘さや不思議さに目をみはる感性〉のことですが、レイチェルは「この感性は、やがて大人になるとやってくる怠慢と幻滅、わたしたちが自然という力の源泉から遠ざかること、つまらない人工的なものに夢中になることなどに対する、かわらぬ解毒剤になるのです」と述べて、子ども時代の”美しいものを美しいと感じる感性”や”新しいものや未知なものにふれたときの感激”が、いかに大切かを語っているのです。

今は、子供たちの世界まで”知識偏重”ははびこり、”センス・オブ・ワンダー”を育む手助けをしなければならない大人たちも、この感性の大切さに気付いていない・・・というのが現実ですね。
斯く云う僕も、そのつまらない大人の一人ですが、今になって、レイチェルの冒頭の言葉が真理であると気付いたのです。

理系本にしては珍しくベストセラーになった『生物と無生物のあいだ』の著者福岡伸一博士は、一方で画家フェルメールの研究者としても有名で、理系と文系の壁を越えた学者として注目されていますが、子ども時代にセンス・オブ・ワンダーのオーラをたくさん浴びて生物学者になる夢をかなえたそうです。

博士と阿川佐和子さんとの対談本『センス・オブ・ワンダーを探して』を読み、益々博士への興味は深まり、今は『芸術と科学のあいだ』という本を読んでいますが、その前書きに曰く・・・

「芸術と科学のあいだに共通して存在するもの。それは今も全く変わっていない。この世界の繊細さとその均衡の妙におどろくこと、そしてそこに美しさを感じるセンスである」

博士は、大人になってもセンス・オブ・ワンダーを失っていない、将にネオテニー(幼形成熟)なのだと感心したしだいです。

      延命十句観音経(アトム)

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2016年2月10日 (水)

富士を撮りに・・・

ホント~に久しぶりに、issieさんと富士山を撮りに行ってきました。

二人で出かけるときのスケジュールは、毎度issieさんにお任せなので、いつも僕は楽をしています。
本日のスタートは、富士市にある”岩本山”からです。

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ここは梅の名所なので、この時期のテーマは「梅と富士」です。
先日、issieさんは下見に来たとかで、やはり僕などとは気合の入り方が違います。「今日くらいが丁度いいと思うよ・・・」という言葉通り梅は八分咲きで、沢山のアマチュアカメラマンが絶好のアングルを探してカメラを構えていました。

岩本山を後にして、次に向かったのは”西湖”です。
ここにある「根場(ねんば)」という茅葺屋根の集落でお昼にしようと立ち寄ったのですが、残念ながら水曜日は施設全体がお休みでした。
集落の見学もできずがっかりしたけれど、ここまで来たのだからと一枚撮りました。手前は瓢箪の畑です。

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西湖の周りをしばらく走り、北岸の「彩呼亭」という蕎麦屋で、珍しい韃靼(だったん)蕎麦をいただきました。
知る人ぞ知るこの蕎麦屋は、在りし日の高倉健さんが、愛車を飛ばしてしばしば訪れていたというところで、お喋り好きな女将さんと写したツーショット写真が何枚も飾ってありました。

公魚釣りが盛んだという西湖ですが、冬の冷たい湖面には一艘のボートも浮かんでいません。

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帰路、朝霧高原で撮った一枚。

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昼過ぎから風が出てきたので、カメラを持つ手もかじかんできましたが、今日は一日天気に恵まれ、楽しい撮影旅行でした。
issieさん、次回はどこに連れて行ってくれるのか・・・期待してます!

       白梅

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2016年2月 8日 (月)

鉄舟寺の達磨市

杉原山の梅はもう咲いただろうか・・・と気になっていたこともあって、また今日も富士山を眺めに登ってきました。

確かに白梅は咲いてはいましたが、残念ながらまだ”五分咲き”というところです。しかし、雪を被った富士はいつものように凛として聳えていました。

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「晴れてよし 曇りてもよし富士の山 もとの姿は変らざりけり」と詠んだのは幕末の三舟の一人”山岡鉄舟”ですが、将にこのところの富士は、鉄舟の言葉通り天気に関らず朝な夕な美しい姿を見せています。

さて、山岡鉄舟というこの歴史上の偉人ですが、実は清水とも深いかかわりがあり、杉原山の麓にある寺もこの人物の名が冠された、その名も「鉄舟寺」です。「久能寺」という古刹が、廃仏毀釈で無住の寺となっていたのを残念に思い、鉄舟が力を注いで臨済宗妙心寺派の寺として再興したのです。

寺の前を通ったら、山門前に「2月8日は達磨市」と貼紙がしてあったので、興味を魅かれて久しぶりに入ってみることにしました。
本堂脇には鉄舟の銅像がありました。剣・禅・書に秀でた人物の姿をよく現した銅像です。

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銅像の横には柑橘系の面白い実がなっていました。

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相方に尋ねてみると、「仏手柑(ぶっしゅかん)」という観賞用の実だそうです。その奇妙な形に少し驚きました。もう暫くすると、手のひらを広げたようになるのだそうです。

寺の中に入ってみると、檀家のお年寄りたちが集まって賑やかに大小の達磨を売っていました。その内の一人の方が、「せっかく来たのだから、ご本尊の千手観音様を拝んで行きなさいよ!」と本堂まで案内してくださったので、ご好意に甘えてお参りをさせていただきました。
その後、甘酒を振舞っていただいたので、小さな達磨さんを一つ求め、片目を入れてもらいました。願い事は・・・内緒です(^^)

      延命十句観音経(富士図)

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2016年2月 5日 (金)

春の展示

立春を過ぎたので、今日からは「春」の展示です。

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早起きをして展示替えをしましたが、昨年末から描きためていた椿や薔薇の絵、そして観音経などを飾ってみると、八割方は新作が並びました。
「案内状は出さなかったけれど、これじゃぁ”春の新作展”だね~!」と話しながら、飾り付けを終えました。どうぞお出かけ下さい。

       薔薇

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2016年1月29日 (金)

2月開廊日のお知らせ

2月の開廊は以下の通りです、新作も数点展示する予定ですので、どうぞ遊びにおいでください。

〈2月の開廊日〉

 5日(金)・ 6日(土)・ 7日(日) 

12日(金)・13日(土)・14日(日) 

19日(金)・20日(土)・21日(日)

26日(金)・27日(土)・28日(日)

今日は終日雨。
そんな雨に濡れながら、Mさんが遊びに来てくれました。
「これ聴きます?」とカバンから出したのが『魅惑のムード歌謡』5枚組CD。タイトルを見ていけば懐かしい昭和のヒット曲ばかりです。

Mさんが帰られた後、版画のサイン入れを手伝いながら、その懐かしい曲を聴きました。
「アカシアの雨がやむとき」、「逢いたくて逢いたくて」、「赤いハンカチ」、「黄昏のビギン」、「知りたくないの」・・・みんな思い出に繋がる大好きな曲です。自然に甦る遠いあの頃を思い出しながら一緒に口ずさみました。
なかなか楽しい午後でした。

 

       薔薇

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2016年1月26日 (火)

杉原山から

このところの寒さのせいで動くのも億劫になり、連日炬燵にもぐって殆ど冬眠状態で過していました。
おかげで読書は進み、机の上の”ツンドク本”は大分減ってきましたが、お腹回りの脂肪は着実に増えてきているようです。

昨日のこと、そんな僕の熊のような姿を見かねたのか、「杉原山まで富士山を見に行きましょう!」と、相方が有無を言わせぬ声音で誘ってきました。こんなときは抵抗しても無駄なので、しぶしぶ出かけることにしたのです。
案の定、外は肌を刺すような冷たい空気でしたが、せっせと歩いているうちに体中ポカポカと温まってきました。やはり運動は大事です!

寄り道をしながら、凡そ1時間かけて「杉原山」の頂上に辿り着きました。
”山”と名は付いていても、高さ50メートルほどの小高い丘で、その名を言っても地元の人でもほとんど知る人の無い山です。かく云う僕も、お客さまのSさんに聞くまで全く知りませんでした。

Sさん曰く、「杉原山は富士山の絶景ポイントですよ!それが証拠に、かの徳富蘇峰がその眺望を絶賛した石碑があるのです。しかもここからなら散歩感覚で行ける場所です」

なるほど、登ってみれば息が切れる事もなく頂上に着き、そこには言われたとおり立派な石碑がありました。

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    日夕雲烟往又還 青宵縹渺是仙寰 

    名山不作不平色 白髪昂然天地間

蘇峰が何をしに清水に来たかは知りませんが、ここからの眺めを相当気に入っていたことはこの詩からも窺えますね。

三保の海や日本平から眺める定番の富士山と違い、目線は高からず低からず、彼方の富士と此方の町並みが上手く調和して、確かに心地よい眺めでした。

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杉原山は、いま蜜柑の盛りです。黄色い実をたわわに付けた木々が、山道の両脇から行く手を阻むほどに枝を伸ばしていました。

       観音経・橙図

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2016年1月22日 (金)

霊峰

昨日は「大寒」。一年で最も寒い日です。
まるで暦に合わせたように、日本列島を寒気が覆っていますね。

その寒い中、白い息を吐きながら誓願寺の石段を上り、撮った一枚です。

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真っ白な雪を被り、雲を纏い、見るからに寒そうな姿ですが、先日までの何とも薄っぺらい姿とは異なり、ようやく「霊峰」らしくなったと安堵しているのです。

今日の散歩で見つけた木蓮の木は、もう膨らんだ蕾をつけていました。大寒を過ぎれば、日一日と春が近づいてくるわけですから、その移ろいを楽しみながら過したいと思っています。

       霊峰

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2016年1月16日 (土)

椿づくし

午前中、Yさんが椿を持ってきてくださったので、ギャラリーに飾りました。

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今ギャラリーに展示しているものの半分くらいは椿の作品です。
この時期になったら出すことに決めている「虎文壷の椿」をはじめ、「延命十句観音経」や、僕の好きな良寛の歌を書いた「伊万里皿に椿」、そして新作の「呉須赤絵壷の椿」などです。

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そういえば、2016年のカレンダーは、壁掛も卓上も1月は椿の作品ですね・・・花壇の玉ノ浦椿も咲き始め、肥後椿もはちきれそうな蕾をたくさんつけています。
わが家は内も外も椿づくしです!


        椿

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2016年1月15日 (金)

小正月

本日15日は「小正月」、今日でお正月も終わりですね。

松の内まで飾った注連縄や門松などの正月飾りを”どんど焼き”の火で燃やし、年越しにお迎えした歳神様を煙に乗せて天上へと送ります。

「この火にあたると一年を無事過ごすことができる」というので、僕も毎年この行事が楽しみで参加するのですが、今年はふと疑問が湧いてきたのです。
それは何かと言えば・・・ここ清水では、どんど焼きの折に、竹の先に”橙”を刺して火にくべて黒焼きにし、それを持ち帰り玄関に置く、という風習があるのです。

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しかし、この風習は全国的なものなのか?ひょっとして清水だけのものじゃなかろうか?と言う疑問なのです。
というのも、「この火で焼いた餅を食べると病気をしない」などといわれて、一般的には竹に刺して焼くのは”餅”ですよね?

調べても分からなかったので、ここから先は僕の推理です。

多くの地方で、小正月には”餅花”を飾ります。稲穂に見立てたヤナギなどの枝に紅白の餅や団子をつけて飾りますが、これは新しい年の豊作を祈願する意味が込められています。
しかし、清水の農産品といえば、随分前から蜜柑が主役であり、農家の豊作と結びつくのは米よりも蜜柑!・・・ということで、竹に刺すのは”橙”という答えです。
まぁ、きっと間違いでしょうが・・・こんなつまらないことを考えながら、平成28年の小正月を過しているのです。

さてさて、昔からこのどんど焼きで”書初め”を燃すと字が上手くなる、という言い伝えがあります。
小さい頃から、とにかくお習字が好きだったという乃里子さんも、毎年どんど焼きで燃していたのでしょうねぇ・・・その5歳の折のお習字が残っているので、お見せしましょう(^^)

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そして・・・60年経つと・・・ 

       養生訓

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      良寛の歌

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